Tango Futamatagami
Tango Futamatagami

京都に残る和紙の里の一つ、丹後和紙の製造元である「田中製紙鉱業所」を訪れてきました。

丹後二俣紙

手漉き和紙の歴史は古く、7世紀頃に大陸から伝わり奈良時代には全国各地で生産されるようになりました。
ここ福知山大江市では江戸末期から明治にかけて最盛期を迎えたそうですが、その後海外から機械で生産される洋紙の技術が入ってきたため衰退していったそうで、現在は丹後和紙として残るのはこちらの一件だけとなっています。

丹後二俣紙

丹後二俣紙

丹後二俣紙

「田中製紙鉱業所」では原料となる楮も自ら育て、手間暇をかけて上質の和紙を漉いています。
今回は楮紙と雲龍紙の二手を購入してきました。

同敷地内に和紙伝承館というのがあるのですが、こちらは平日は閉館しているとのことで次回のお楽しみにです。

丹後二俣紙 三椏の花

外には三椏の花が咲いていました。

近くに元伊勢さんがあるので、もう少し暖かくなったら参拝に訪れたいと思います。

I visited “Tanaka Paper Mining Plant” which is the manufacturer of Tango Japanese paper, one of the Japanese paper that remains in Kyoto.

The history of handmade Japanese paper is old, it was transmitted from the continent around the 7th century, and it came to be produced all over the country in the Nara period.
It seems that Fukuchiyama Oe city has reached its peak in the late Edo era to the Meiji era, but since then the technology of the paper produced by the machine from overseas has come in, it has declined and now it remains as Tango Japanese paper It is only one case here.

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